梅﨑和子の食育講座 Vol.22〜

食育講座コラム
病院への往復、初桜から雲のごとく吹き乱れる満開の桜、吹雪のように舞い散る落花、桜の花の移りかわる姿を目にしながら、四月九日、今日までの私の人生の半分を連れ添った夫を85才で見送りました。

20代に出会った夫は、私の重ね煮の恩師である小川法慶先生御夫妻とは兄弟のような親しい仲でもあり、共に桜沢如一先生の「無双原理」を学びその考え方と実践を伝え広めて行く同志でもありました。そのつながりから夫は「重ね煮」は食養料理として陰陽調和の理論を実際に調理の中に実践した完成度の高い料理法でありこれを後世に伝えていく必要がある。その役を私がしなくてはならないと言われ続けてきました。しかし20代の頃は食養の良さには気づいてはいましたが、私には荷が重く、随分抵抗してきましたが、三年間に渡って大阪と長崎を往復し、法慶先生のお宅で修業させていただくことになりました。朝五時起床、トイレ掃除から始まり寝食を供にさせて頂き、北向きの寒い台所で、朝食から夕食まで、台所にある食材を使って作り、先生には料理の味をみていただき批評していただくというまさに昔ながらの弟子入りであり、自由気ままに生きていた私には苦痛でした。夫には大阪に帰りたいと何度も訴えましたが聞き入れてくれませんでした。

今思えばその修業期間があったから現在の私があるのではと小川法慶先生御夫妻と夫に感謝していますし、よい思い出となりました。

長女がお腹にいる頃、酒好きで塩辛いものが好きで、美味しいもの好きな夫は50代に脳梗塞で倒れました。3カ月近く動けず、その間病院にもかからず、手当て(豆腐シップ)と重ね煮の養生食で徐々に回復してきました。

長男のアトピーや夫の病気等を通して従来の食養の「塩気」や油のとり方、根菜中心の陽性偏重の食養料理に対して疑問がわき、修正しなければいけないのではと思い始めました。陰陽論の考え方には、①対立するものとしてとらえる。②変化するものとしてとらえるとあり陰陽は無限の変化であり、易りゆく原理を知ることでもあります。

桜沢先生の時代と現代では人間をとりまく環境は時代とともに大きく変わってきています。食の背景や疾病構造もかわっています。常に易る時代の中から、病気治しの食養から毎日の食生活を含め生活スタイルを病気予防を第一とする養生家庭料理として日々持続して誰でも簡便に形式ばらず、先人の知恵から学ぶいんやん倶楽部の養生家庭料理への進化は夫の柔軟な考え方に学び、常に大きな包容力で見守り、私の良き理解者として支えてくれた夫の影響があると思います。回復した後の夫は「塩気」に頼らない本葛シリーズ(蓮根葛アメや生姜湯等)を開発し、今までにない食養手当て食を産み出し、いんやん倶楽部の経済的基盤の安定にも尽力してくれました。陰で支え見守ってくれた夫にはありがとうという感謝の思いのみです。

時間は経っても寂しさはつのりますが、肉体という衣を脱いだ魂は今後も見守ってくれているのではと思っているこの頃です。

2013年発行 いんやん倶楽部通信より

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