こんな人が学んでいます

東京教室19年 澤村美保さんの体験談

長男が、生後1ヶ月よりアトピー性皮膚炎を患い、その後食物アレルギーと判明。卵・乳製品・大豆製品などを除去食しながら母乳で育てていたが悪化していくなかで、手にとったアトピーの本でいんやん倶楽部のことを知りました。

横浜(上大岡)で開講された教室で梅崎先生に出会い、除去食ではなく、身体に合った食事ということが理解出来るようになって、私の心が楽になり、息子の皮膚炎は1歳半できれいになりました。

卵・乳製品以外のものは大丈夫になりました。

お肉を好むようになり、食事の量も増えましたが、身長の伸びは遅く、中学卒業までの9年間は男子の中で一番背が低かったです。

急激に身長が伸び、卵も乳製品も高校生くらいからは食べても大丈夫になり、生卵も去年くらいからは大丈夫になりました。

私自身の体調の変化は、食生活が変わったことで、冷え性は改善できて、以前は靴下をはかないと眠れないくらいでしたが、今では素足で大丈夫になりました。

私の自宅で梅崎先生を呼んで教室を開いたのが18年前の秋になります。
子供はまだ2歳前でした。
第二子の出産で横浜教室は閉講し、その後中級科・上級科に通い、師範の免許を取得し、10年前から自宅で自分の教室を開くようになりました。
その後、いんやん倶楽部の横浜教室を上大岡で開講する時にスタッフとなり、東京教室にも助手として入るようになりました。
今は、東京教室のスタッフのほか、横浜にあるUmiのいえの副代表として子育て支援サロンを運営する一方で、食育講座の講師として、陰陽調和料理の重ね煮を子育て中のママたちや、それに携わる助産師さんやセラピストさんたちに伝えています。

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教室一般事務Mさんの体験談

自然食、食養生とは無縁で生活。
学生時代はよく病欠していました。

いんやん倶楽部の前身の会社入社
幹線道路沿いに引越したため、毎晩咳き込んで眠れない日々が 続き、いんやん幹部に相談し、甘いものやコーヒー、紅茶をやめる等の食事指導を受けました。

そして3ヵ月後には朝までぐっすり眠れるようになっていました。
「食べるもので身体が変わるんだ」と素直に驚く体験でした。

料理実習を受けていないので、以前は「重ね煮」の薄味になかなかなじめませんでした。

大鍋で炊いた「重ね煮」で作ったお味噌汁が出汁も入っていないのに本当に美味しい!と感激。
「重ね煮」のおいしさに開眼しました。

【今、思うこと】
その後、大嫌いな貝類も「重ね煮」レシピだと戴ける。身体の具合の悪いときは何も食べたくないが、いんやん料理なら、すう〜とのどを通ってくれる。おなかの調子の 悪いときは梅干しと醤油を練って番茶で薄めた梅醤番茶や咳の出始めにはれんこん湯エキス、と自社製品に助けられている。年を追うごとにそのよさが分かるようになってきたし、本当に丈夫になった。身体に調子を食事や手当て食で整える方法も自然に身についたなぁと思うこの頃である。

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大阪教室講師Aさん

妊娠中は初期から体調のすぐれないつらい日々。
出産後も母子で2~3ヶ月おきに風邪をひき、薬を飲んでも治らない。生後7ヶ月で卵アレルギーと診断。

1歳半で母乳終了後、日々大きくなるわが子を見て「自分の与えた食べ物が子どもの成長を左右する」ということにはっと気がつき、食事の重要性についてはじめて思いをめぐらせるようになる。

食材や食事で身体はある程度変えることが出来ると
ヨガの師匠より教えてもらう。

インターネットでいんやんの重ね煮を知り、簡単で美味しいことに感激。
幼稚園入園と同時に習い始める。幼稚園サークル役員活動で忙しい中でも休むことなく活動できた。

助手となる。

講師を担当し始める。

【今、の気持ち】
教室に通い始めてから一生懸命ごはんづくりに励むものの、まだまだ母子共に体調をくずして通院する日々が続きました。四年目に入ってしばらくした頃、ふと気がつくと家族全員が病院や薬から遠ざかっていました。通院のない生活はなんてラクなん だ!と思ったのを今でも覚えています。過去の自分を振り返ることができるようになった今思うことは、出産後は免疫力や自然治癒力がほとんど機能していなかったのだな、ということです。時間はかかりましたが、食事を見直し、摂り方を工夫することによって、自分に本来備わっていた力が少しずつ動き出すようになったのだと思います。病院に行く前に、家でできることがある!と思えるようになったことが自分の自信となり、家族の安心につながっているような気がします。

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